主宰:伊藤勘司プロフィール

明治神宮 某所

写真は、先日 起業家仲間と明治神宮に初詣したときの一枚。静謐ですね。
知人曰く、「明治神宮で一番ヤバイとこ」みたいです。どこかわかるかな?

略歴:伊藤勘司

伊藤勘司

中小・ベンチャー企業のWEBプロモーションプロジェクトにおけるプロジェクトリーダー・ディレクター・セールスコピーライターとして活動。セミナーやコンサルティングを通じて、マーケティング・プランニング・セールスコピーライティングを29社に指導。

2014年、生産技術エンジニアとして4年弱勤めた会社を退職して独立。新卒で第一志望の鉄鋼会社に就職するも、会社員という働き方に馴染めず苦しんだ経験から、起業という選択肢をよりメジャーにして個々人の資質と能力に最適なライフスタイルを柔軟に選択できる時代作りに貢献すべく、起業セミナーや講演を開催。

会社員時代、生産技術エンジニアとして工場をマネジメントする傍らでネット古本買取販売業、輸入物販業、ライター&プロモーター業、法人マーケティングコンサルティング業を運営。家庭を持つ会社員として勤めながら、まったくのゼロから数種のビジネスを立ち上げ、ビジネスモデルを吟味して独立起業を達成した経験を活かして、会社員の独立起業を支援するコンサルティング企画「GIANT STEPS」を主宰。副業ライターとして旗揚げして3ヶ月で月収160万円を突破し、家族から応援されながら独立起業した方法論を起業志望者に伝えている。

種々のビジネスの実務経験や失敗経験を踏まえて、起業志望者には、まず「セールスコピーライター」として「特定のプラットフォームに依存することなく0から利益を生み出すスキル」を獲得してから独自事業を構築していくことで、リスクを抑えて段階的にライフスタイルを変革していくキャリアアッププランを推奨する。

自身の経験を踏まえた、会社員の起業支援を行っています。

法人様向けのライティングセミナーの講師もしています。

㈱ディスカバリー様主宰の起業セミナーに講師として登壇(2014/12)

好きなもの、関心があるのは…
鎌倉の報国寺の竹林、武蔵関公園、ソファーのある喫茶店、
マンガ全般、アイソレーションタンク、瞑想、穏やかな時間と空間、、、など。

モットーは「愛と感謝とスピード」「今いちばん大切なことを淡々と実行する」

ご挨拶:会社組織の中で息苦しさを感じているあなたへ。

当サイトにお越しいただき、ありがとうございます。セールスコピーライター・プロモーターをしてご飯を食べている伊藤です。練馬区は武蔵関にて、妻と娘と息子、一家4人でひっそりと緑に囲まれながら暮らしております。

弊コミュニティでは、時間と場所に縛られないライフスタイルを求めて独立起業を志す方々に、コンサルティングサービスやセミナーを中心として様々なコンテンツを提供しています。「起業という生き方」を働き方の選択肢のひとつとして世に提供していくことは、かつてどうしても会社組織に馴染めなかった僕のような方にとって幾分かの救いにはなれるのではと思い、起業の酸いも甘いも含めてあけっぴろげに指導させていただいております。特に、何の疑問もなく大学を卒業し、とんとん拍子で会社組織に入ったあとで「あれ?」と考えはじめてしまった方に対しては、僕自身の境遇と重なる部分を勝手に感じて、指導に熱が入ってしまいます。

と、まるでベテランのように語っておりますが、僕自身、4年弱勤めた会社を退職してフリーランスとして独立したのは、2014年9月1日のこと。退職までに数年間、起業準備として副業でこっそりと複数のビジネスを立ち上げた経験こそあれ、周囲の先輩方に比べれば、まだまだ青二才のひよっこです。ですので、基本的に指導のスタンスとしては「このありがたい知恵を分けあたえてしんぜよう」という感じではなく、「いっしょに頑張りません?」というノリになることがほとんどです。

僕が「会社を飛び出して、フリーランスで食べていく」という道を本気で検討し始めたのは、2013年のGWのこと…正式に独立する、一年と少し前ですね。その時すでに会社に内緒でいくつかビジネスを立ち上げてはいたものの、ビジネスはあくまで気晴らしの趣味にしか過ぎませんでした。ところが、自分でビジネスをすることが楽しくなってきて、段々と独立という選択肢がはっきりイメージできるようになってきて…気付けば、時間と場所に縛られない、思い描いたライフスタイルが実現していました。

今や仕事場所は自宅近くの喫茶店が定番となり、自転車にまたがって気が向いた喫茶店に向かい、仕事をし、疲れたら行きつけの公園のベンチで空を眺めて英気を養うという行動パターンで毎日を穏やかに過ごしています。

今のあなたにとって、独立という道はあまりに非現実的かもしれませんが、やるべきことをコツコツ積み重ねれば、人生って意外と変えることができるものです。いきなり90度直角に路線変更するのではなく、10度ずつ無理なく軌道修正していく。これがコツなのかもしれません。僕も、僕のクライアントも、こうして努力することで、自分の理想の人生に近づいています。

10年以上 疑問を抱かずに進んできた道が崩れて。
気晴らしの「お小遣い稼ぎ」がすべてのはじまり。

もしこのページをご覧になっているあなたが、会社員として一生を過ごすことに小さな違和感をいだきはじめていて、かつ、あなた自身の人生を考えるための材料を探してここに辿りついたのであれば、伊藤が独立に至った経緯が多少は参考になるかもしれません。身の上話で恐縮ですが、もしよければ伊藤の体験談をお話させてください。

僕が人生の方向性に悩みはじめたのは、大学院の推薦枠で鉄鋼会社に入社して半年ほど経った頃のことでした。それは、何らの疑問を抱くこともなく、「エンジニアになる」ことを目標として、エンジニアリングに連なる専門知識の習得に10年以上を費やした果てのこと…僕はついに気が付いたのです。

「俺、エンジニアリングに全然、まったく、これっぽっちも興味がない」

それまで一点の疑いもなく「理想郷」と思い込んできた場所が、実は「そうではなかった」という衝撃…まあ、社会に飛び込んだ人間を待ち受ける典型的な通過儀礼ではありますが、自分が「海に憧れた淡水魚」であったことを知った時は、それなりに大きなショックを受けました。それまでの人生をまったくのちゃらんぽらんに生きてきたわけでもなかったことが、落ち込みに拍車をかけたものです。それなりに自分の人生について考えて、それなりに慎重に検討を重ねた結果、「エンジニアになる」という選択をしたつもりだったのですが…蓋を開けてみれば、そこには第一志望の会社・部署に配属されながら、仕事に意欲を持てないダメリーマンがひとり…。恥を忍んで白状すれば、仕事をさぼって製鉄所内の道路をひたすらドライブすることもしばしば。そんな会社に顔向けできない酷い時期を挟みつつ、僕は壊死するように、だんだんと自分のことが嫌いになっていくのでした。

「このままではいけない!ガス抜きなり何なりして、仕事に取り組むエネルギーを捻出しなければ…」

家族を養うためにも、何とかこの状況を打破しなければ…そんな気持ちで、気晴らしになりそうな趣味を探しはじめました。それまで無趣味だった自分が熱を持って打ち込める何かを見つけるのは、決して簡単ではありませんでしたが、ふとある時、小さい頃に家業を手伝っていた記憶が蘇ります。

「商売」なら楽しめるのではないか…もし商売が趣味になれば、息抜きになるうえにお小遣いまで稼げてしまう…そんな軽い気持ちで、ヤフオク!で部屋の不要品を売りさばくことをはじめたのが、伊藤とビジネスの出会いなのでした。

気晴らしに始めた「お小遣い稼ぎ」が、
いつしか「ライフスタイル」に。

気分転換のつもりで始めた「商売ごっこ」は存外に楽しくて、気付けばどんどんのめり込んでいきました。会社の給料以外に自分の力でお金を稼ぐという経験はエキサイティングで、部屋の不要品をあらかた売り終えたあとは「せどり」に取り組みはじめ、ブックオフで古本を仕入れて転売するだけでは飽き足らず、最寄りの警察署に出向いて古物商免許を取得し、htmlを学んでWEBページを作成してネット古本屋を開業し、WEB広告を出稿して買取を受け付けるまでになっていました。

「ビジネスが、こんなに楽しいとは!」

会社での燻りようと、ビジネスにおける行動力のコントラストたるや凄まじく。僕はいつしか、副業をしている自分こそが本当の自分ではないかと思うようになりました。

このコントラストは何故だろうと考える日々が続き、ついにハタと気付きます。結局のところ僕という人間は、「人に命じられる」と極端に弱くなる、「ことごとくを自分で決めたい」人種なのだ、と。この特性を受け入れるのは勇気が入りました。自分自身を「社会不適合者」として肯定することになるからです。誰だって、多かれ少なかれ、命じられることに不満を抱きながらもうまく折り合いをつけて社会生活を営んでいます。そこに来て「自分で決めることが好きだから、会社の仕事にやる気が出ないのだ」と結論付けることは、甘えやわがまま、堕落に他ならないように思えました。しかし、周囲を改めて見回してみると、自分でビジネスをする人間というのはほとんどいません。やはり僕の中には、人よりも多少おおめに、ビジネスに対する情熱が燃えているようでした。

この頃、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスの言葉に出会います。

「Amazonのスタートアップを容易にしたフレームワークを後悔最小化フレームワークと名付けました。80歳になって人生を振り返った時に「よかった」と言えるように、人生における後悔の数をできるだけ少なくしたかったのです。私は、大きな勝負になると思ったインターネットと呼ばれる新しいことにチャレンジして後悔することはない、と信じていました。例え、失敗しても後悔しないのはわかっていたんです。しかしながら、試さなかったら後悔していたでしょう。毎日後悔して生きることになるだろう、とわかっていたんです」

あなたは80歳になって後ろを振り返った時、そこにどんな人生を見たいと望みますか?

僕がイメージした80歳の自分は、会社を飛び出して自分で事業を興した若かりし自分の選択を、心から誇りに思っていました。だから僕は、会社から独立して起業する道を選びました。家庭のある身で、上場企業を飛び出してライフスタイルを180度転換する決断に躊躇が無かったといえば嘘になります。しかし副業にのめり込み、いきいきとビジネスをしている僕の姿を見た妻が積極的に応援してくれたこともあって、本格的に独立に向けて舵を切りはじめました。

家族からのサポートがなければ独立は絶対に無理でした。支えてくれている妻には本当に感謝しています。一般に、会社員が独立起業を目指すうえで家庭の存在はハンデとみなされることが多く、正直にいえば、かつては自分も家族を重しのように見ていた時期があります。しかし独立への道を歩むに従って、それが間違いであることに気付きました。もし僕が会社員の時に独身だったなら、堅実にビジネスを構築して着実に人生を変えることは果たして出来ただろうかと自問すると…ちょっと、自信がありません。少なくとも僕の場合、家族への責任は力に転換されました。だから、もしあなたが既に家庭を持っていたとしたら、それを決して嘆かないでください。むしろ、あなたはアドバンテージを手にしているのです。

独立の道を進むことを決意してから、いくつかのビジネスモデルを選定してテストする日々が始まりました。一過性の「儲け話」ではなく、「一生食っていける仕事」を求めて…。中国からアウトドア商品を輸入してアマゾンに出品する輸入転売業、ブログやメルマガで販売代行をおこなうアフィリエイト、そして今の収入の柱となっている、セールスコピーライター・プロモーター業…うまくいったモデルもいかなかったモデルもありましたが、いつしか副業の収入が本業と肩を並べはじめ、そのうちに本業の収入を超えはじめ…。

会社に勤めながらのダブルワークは数年に渡りました。起業したければ、数年間、修行しなさい…ということではありませんが、この時期の経験は、僕の能力を「クロックアップ」してくれたように思います。本業との兼ね合いで時間的制約のある中で何事かを成す試みは、自分の中の仕事の水準値を高めてくれました。「ダブルワークごときで音をあげていたら、独立して食べていくなんて夢のまた夢ではないか」…状況をそう捉えなおしてみると、設けられたハードルは、天が僕の本気度と適性を確かめるために特製でこさえた試金石のようにも感じられて、モチベーションがアップしたものでした。

当時を振り返ると反省もあります。当時は会社の仕事を終えて帰宅してからご飯も食べずにPCに向かう日々が続き、当人は必死に作業をしていたつもりでしたが、今振り返れば本当に無駄が多かった…。計画をたてて効率的に作業すれば、もっとスマートに独立にこぎつけられたことでしょう。しかし一方で、この時期がむしゃらに頑張ったという事実が、間違いなく、独立後の自分を支えてくれているのです。努力は裏切らない…とは使い古された表現で、実際には効率の悪い努力は報われない場合も多々あると思っている僕ですが、しかし、何事かに熱をもって打ち込んだ経験は「礎」にはなるだろうと信じています。だからクライアントに指導をするうえでも、「量質転換の法則」に従って、考えるよりもまずはがむしゃらに行動してもらうことにしています。コンサルタントの重要な仕事のひとつは、間の抜けた表現ではありますが「ケツを叩くこと」だと信じています。

結局、こうした試行錯誤の果てに、僕は法人クライアントを数社抱えるセールスコピーライターとして独立することが出来たのでした。

ライフスタイルはいろいろ。
大切なのは、たくさんの選択肢を持つこと。

「1」という数字は美しいものですが、同時に例外を許さない厳しさを持ち合わせています。何を言っているのかというと、人生に関する価値観やビジョンを1つしか持たないというのは、人によっては大変な苦しさを伴うものです。

例を挙げます。僕の母校の大学は「自殺率」が高く、以前、かの「ブラック企業大賞」に大学法人で唯一ノミネートされるという大変に不名誉な称号をいただいています。僕の在学中にも、理学部棟の屋上から博士課程の学生が投身自殺をしたという痛ましい事件があったのですが、彼の遺書には「教授に論文を受理されなかったから」という自殺の理由が語られていました。

崇高な目標を目指す姿は美しいものです。しかし、人生のビジョンを1つしか持たないことは時に苦しさと悲しさを生みます。僕も、会社に勤めていた頃は、会社に馴染めず仕事に意欲を持てない自分を否定するばかりでした…僕の中の「正解」として、会社員として生きる以外の道が存在しなかったからです。運良く出会えたビジネスの存在は、僕に肯定と救いをもたらしてくれました。はじめ、ビジネスは僕の「逃げ場」でしたが、そこにしっかりと向き合った結果、後に「もうひとつの生きる道」として立ち現れてくれました。

人生の「あるべき姿」は、人の数だけあって然りだと僕は考えます。だから僕は今、かつての僕と同様、会社に馴染めずに息苦しさを感じている方の支援を行っています。弊コミュニティでは必ずしも独立起業を勧めるわけではありません。独立独歩でご飯を食べるという選択には、やはりそれなりのリスクと壁の高さがあるからです。

世の中には「会社組織に属していたら人生はダメになる」と主張する向きもありますが、それは気にしなくていいかなと僕は思います。結局のところ、「成長を続け、価値ある人間として在り続けられるかどうか」こそが重要であって、組織に属するかどうかというのは、一長一短の好みの選択にしか過ぎないように思えます。だから、もしあなたが「多少のリスクを引き受けてでも、会社組織に属するよりも独立という道」を選択したほうが幸福になれる「人種」なのであれば、独立起業という道を選べば良いと思います。

僕があなたに出来ることは、「独立起業」という道の情報を存分に提供し、あなたがあなた自身の「正体」を確かめる旅にお付き合いすることだけです。手にした情報と、自らとの対話をもとにライフスタイルを決断するのは、あくまでもあなた自身のお仕事です。

「人生を変えるタイミング」なんてありません。
だから、いつでも路線変更OK!

人生を変える門戸は、いつ誰に対しても開かれています。門をくぐり抜けるにはそれなりの試練がありますが、門に近づいて眺めたり、ドアノブの感触を確かめたりすることは、誰にだって許されています。ビジネスに取り組みはじめた当初から「起業しよう!」と固く決心する必要はありません。進む道を決断するのは、もっと判断材料を揃えてからでも遅くありません。何はともあれ、まずは「集めはじめること」、沢山の人に出会い、多くの人生と可能性と選択肢に触れることが肝要です。

もしあなたが今の人生に対して小さな違和感をいだき始めているのであれば、まずは「ベイビーステップ」を踏み出すことです。少しでいいから、給料以外に自分の力でお金を稼いでみてください。その瞬間、あなたの現実とセルフイメージが変わりはじめます。会社員以外のライフスタイルが在ることを知り、そこにある現実をよくよく吟味してください。

伊藤にとって、「会社に属する苦しみ」が、「自分で決断してビジネスをする情熱」の裏返しだったように、あなたの今の苦悩は、もしかしたらあなた独特のパワーの「コインの裏」なのかもしれません。自分と素直に向き合って、心の声に耳を傾けてみてください。あなたの資質や才能と「水の合う」世界を探してください。

あなたの無限の可能性を探求する旅を、存分に楽しんでください!

伊藤勘司