行動唯それだけが道を開く(起業論みたいなもの)

先日、長男が1歳の誕生日を迎えた。
といっても、もう半月ほど前。

5/3、憲法記念日。
GWの真っただ中。


そういえば、僕が独立起業を決心したのは、
2013年…2年前のこの時期だったなあ、と思い出す。



その頃、僕は会社の先輩の姿に絶望していた。

周囲から突き回されるうちに
髪の色が白く抜けていき、
顔から血の気が失せていって、

数か月前とは別人のように
どもりはじめた先輩の姿を見て、

先輩には悪いけど、
「これが俺の未来か」と思ったものだ。



何ともありふれた動機で恐縮なのだけど、
自分の未来をどうしても変えたかった僕は
独立起業を決心した。



当時、僕は趣味 兼 副業として、
ネット古本屋を運営していた。

物販で利益が出ることは
古本屋の経営を通じてそれなりに知っていたので、

独立にあたっては、
物販の規模を拡大して生活費を確保しようと思って、
決心した翌月から輸入ビジネスをはじめた。




中国のWEBショッピングモール「タオバオ」から
商品を仕入れてAmazonで転売したところ、
これが割にうまくいった。

外注でこしらえた独自オプションを
仕入れた商品に付け加えて、

競合よりも高めの値付けをして出品すると、
まあまあ順調に売り上がった。




あとは規模を拡大していけば、
当座、一家が食べていけるくらいの収入は
まかなえるのではなかろうか。

そんな甘い設計図が見えてくる一方で、
僕は何だかモヤモヤした気持ちも、
同時に感じはじめていた。



「プラットフォームでダンスしている自分」への不安。

Amazonというプラットフォームありきの
ビジネスに頼りきることに危うさを感じて、

僕は「物販の拡大」とは
別の道を模索し始めた。



より依存度が低いビジネスモデルを求めて
数カ月間、迷走したあとに、

ライターとしてのキャリアをスタートさせた。


ネットビジネスの知識はあったので、
その知識を実業の経営者に売ろうと考えて、

メルマガを一通も書いたことが無いくせに、
「マーケター」とか、そんな感じの肩書を名乗って、
営業をはじめたのだった。

「行動唯それだけが人生を開く」
そう信じての、本当にゼロからのスタートだった。

2014年の1月頃のこと。
独立を決心してから、半年が経過していた。



はじめての名刺は、
100均でキットを買って自作した。

「とりあえず、経営者に会おう」

交流会に紛れ込んで
お粗末でぺらっぺらな、
無地の名刺を配っていった。

(今思えば、あの名刺は「配らない方がマシ」な類のものだったと思う(笑))



「士業専門」に特化して
WEB制作や集客コンサルティングを提供すれば、
経験が無くても仕事はもらえるんじゃないだろうか。

そう考えていたのだけど、
そうそううまくはいかなかった。



彼らは確かに「集客」への強いニーズを抱えていたけど、
彼らが投資するのは、
「経験」「実績」「知名度」
この3者が揃った強者に対してのみ、だった。

僕みたいな「ぺーぺーのど新人」に
まとまった投資をしてくれる存在はいなかった。



無料でDM作成サービスを提供すれば、
先方は無名の僕に対しても「いいよ」といったかもしれない。

でも、その先のビジョンまで考えると
安い単価で走りまわる自分の姿しか思い浮かばなかったので、
無料での提供はやめた。




そんな感じで、はじめの試みは失敗に終わって、
ビジネス的には1円にもならなかった。

けど同時にいくつか、とても良いことが起こった。



ひとつは、会社の外の人間とはじめて交流して、
良い友人が沢山できたこと。

「世の中はこんな面白い人で溢れているのか!」
刺激的で、幸福な時間を過ごすことができた。



そしてもうひとつは、「現実」を知れたこと。

「現場」に出ることで、
僕ははじめて「現実」を知ることができた。



「個人事業主なら仕事を獲りやすい」

僕はそう考えていたし、
ライターの仕事獲得に関して出回っていた情報も、
口をそろえてそう言っていたのだけど、

少なくとも僕にとって、
実際に対峙した「現実」は、そうではなかった。



ちょっと表現が正確ではないので言い直す。

「個人事業主をターゲットにして無料提供すれば、
 はじめの一歩の仕事は獲れる」

「しかし、個人事業主を主たるお客様として仕事をしていては、
 永久に自由に到達することはできない」

って感じだった。



これは「世の真理」ということではなく、
あくまで僕の体験ベースでの結論。

でも僕にとっては、これが真実だった。



僕の「現実」に基づいて、長期的なビジョンで考えると、
個人事業主は僕のターゲットにはなり得なかった。



だから、一般に「攻めにくい」と言われている法人に
ターゲットを変えたところ、これが当たった。

結局、僕はゼロから行動して3ヶ月後には、
法人クライアントを獲得できるようになっていた。



で、2014年8月末、

独立起業を思い立ってから、
一年とちょっとが経った頃、

僕は正式に退職して、フリーランスになった。



「行動唯それだけが道を開く」

そう信じて動いた結果、ささやかながら、
僕は自分の人生を変えることが出来た。



まあ、独立してからも色々あったのだけど、
話が長くなるから、今日のところは割愛させてほしい。



ともかく。

独立を決めてから、実際に独立するまでの1年。
そして、独立してから、今に至るまでの1年。

いろいろなことがあった。

本当に言葉には尽くせないくらい、
いろいろなことがあった。

途中で回り道をしたし、
無駄なことや失礼なことも沢山した。

僕自身の人間的な未熟さや器の小ささもあって、
友人も何人かなくした。

紆余曲折を経てきた。

でも、つまりはこの
「現実への対峙」と「失敗」があったからこそ、
今の僕がある。




「失敗」とは、
「自分の中の甘い幻想」と「現実」とが
衝突して矛盾を起こした時に発生するものだ。

「失敗」は、「現実」をより良く知るための通過儀礼だ。

だからもし、僕がいわゆる「失敗」を経ることなく、
独立するまで予想を一個も外さずに、
あっという間に「成功」していたなら。

僕は今頃、食べることができていなかったに違いない。



自分の中の幻想と現実をすり合わせる経験、
軌道修正の経験を持たない人間は、
長期的に食っていくことはできないからだ。



僕は「順調に失敗」してきたからこそ、
今の暮らしを手に入れることができたと思っている。



多くの人は、必要以上に「失敗」というものを恐れているように見える。

「失敗」とは、
「終わり」ではなく「過程」だし、
「敵」ではなく「味方」だ。

「失敗」とうまく付き合って行動していけば、
人生は極めて短期間のうちに、大きく変えることが出来る。

時間が無くても、知識や経験が無くても。
まったく関係ない。




もしあなたが、
現状を変えることを望み、
かつ変えられていないのであれば、

今あなたに必要なのは、「知識」でも「計画」でも「準備」でもない。

必要なのは、「失敗」というものの再定義と、「行動」だ。




ぜひ、失敗を恐れることなく、
行動を起こして人生を変えてほしい。

行動を起こした者だけが、
自分の人生をコントロールできるのだから。




PS.

ここ最近、ちょっと疲れ気味だったのだけど、
生活パターンを見直してみたら調子が戻ってきた。


朝7時くらいに起きて仕事して、
9時くらいに娘を幼稚園に連れて行って、
その後は近くの喫茶店で仕事をして、
疲れたら公園のベンチに坐って、
ぼーっと空を流れる雲を眺める。

で、やる気が出てきたら
また喫茶店に戻って仕事。

夕方になったら家に帰ってご飯を食べて、
また仕事をしたりゆっくりしたり。


最近はこのパターンで、
すっきり調子よく働くことが出来ている。

習慣って大切…

 

PPS.

先月、長男が無事 一歳の誕生日を迎えたことを、
実家の墓に報告してきた時の1枚。

久しぶりに帰った福島は、関東とは空気が違っていて、不思議と安心した。

20150503_115724

記事について思うところをSNSでアウトプットしてみませんか?↓↓

時間と場所に縛られないライフスタイルは好きですか?

FROM : 伊藤勘司

武蔵関より愛をこめて:
CTA
メルマガ一通すら書いたことがなかった鉄鋼会社のエンジニアが、ゼロから3ヶ月でセールスコピーライターとなったストーリーを無料のメール講座で公開しています。

PC1台でどこでも仕事ができる、時間と場所に縛られないライフスタイルに興味はありますか?

ダイレクトにお客様に喜んでもらえる、やりがいある仕事の情報を仕入れたい方は、赤いボタンをクリックしてください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*

ABOUTこの記事をかいた人

伊藤 勘司

練馬区は武蔵関で、セールスコピーライターやプロモーターをしてご飯を食べています。
ゼロからセールスライターを超える長期企画「GIANT STEPS」運営中。

もともとは千葉の鉄鋼会社で生産管理エンジニアをしていましたが、副業で始めたビジネスで独立しました。

好きなものは、静かで落ち着いたところ全般。ソファーのある喫茶店とか鎌倉の報国寺とか、たまりませんね。最近は座禅とか瞑想とかにも興味あり。

苦手なものは、高いビルがある風景とか人混みとか。あと運動全般。「フットサルやろうぜ!」って声を掛けられると、いつも申し訳なさそうな顔をしてやり過ごします。