合気道と売れるセールスの共通点。「我で終わる」でも「我を捨てる」でもなくて、、、

最近、「コレはヤバイ」と思ったのが塩田剛三。というか合気道。

 

合気道に興味をもったのは、先々月くらいでしたか。所属している健康系のコミュニティ「ロスト」の懇親会で合気道をやっている人に出会ったことがきっかけ。

「演舞、わざとらしく見えますよね?でもあれ、マジなんです」
「実際、バケモンみたいなおじいちゃんが沢山いるんです」

みたいなことを言っていたかな。その時はたしか渋谷の道場をおすすめされたけど、結局見学とかに行くことはなく、そのうちに記憶も興味も薄れていったのだけれど。

ところがつい先日、たまたまyoutubeで塩田剛三の動画を見かけることがあって、改めて「何じゃこりゃ」と。

それからというもの、東久留米に打ち合わせに行っては菅さんに「コレヤバくないですか?」、パートナーと打ち合わせしては「コレヤバくないですか?」と大騒ぎ。しまいには下落合に道場があることを聞きつけて、いつ見学に行こうかとウズウズしている今日この頃です。

 

なんで合気道に心惹かれたかというと、コピーライティングやプロモーションと相通ずるところを何となく感じるからなんですよね。

どこかの動画で達人っぽい人が「合気ってのは、自分の意見は言わないし相手をコントロールしようとも思わないんだけど、不思議と最後には自分の主張が通っているような感じ」というようなコメントを言っていて、「これってコピーと同じじゃん」とビビッと来た覚えがあります。

「自分ありき」じゃなくて「目の前の人ありき」というか、でもそれでいて自分は無かというとそうでもなくて、大切なのはまず相手、そこからスタートしてさあどうするか、って流れだと思うんですよね。

 

コピーとかプロモーション、セールスやビジネスには「我」と「彼」があって、その2つともが大事だと個人的には思っていて、(あまり悟ったようなことを言うのも恥ずかしいんだけど、)売れない人っていうのは、無邪気に「俺が」「俺が」って感じで終わっていることが多いように思います。

「俺はこうしたい」「俺はこう思う」

自分の考えは確かに大切なのだけど、もうちょっと視座の数を増やしてもいいんじゃないかな、と思うこともしばしばあって。

お金のやりとりというのは実にシビアで、言葉よりも嘘をつかないというか、「お金を払う」というのは痛みを伴う行為だからおためごかしがきかないというか。だからこそビジネスマンやセールスコピーライターは、「我」と「彼」という、対立することもしばしばある関係性について常に敏感であるべきだと思っています。

 

今日facebookで見かけた押井守監督のインタビュー記事を読んで改めて思ったんですが、「我を捨てる」必要までは無いんじゃないかなとは思っています。

 

例えばセールスにおいて我を完全に捨てると、対象とする市場によっては「楽してすぐに稼げる」ってメッセージが最適解って結論に至るケースもままあって、まさに現在のネットビジネスのギラギラしている人たちは、パイが大きい低リテラシー層に対して「楽してすぐに稼げる」メッセージを投げかけることが、売上最大化につながることをよくよく理解しているからそうしているわけで。

僕らプロモーターはそういう人を「振り切ってる」と表現していて、ひとつの在り方として尊重はしています。

ただ、傍から見ていると「そういうビジネスって楽しいかな」と思うのが正直なところです。これというのは「たくさんお金をもらいながら、ひたすら穴掘って埋めるお仕事」みたいなもので、金が最大の幸福基準である人にとってはそれで良いのでしょうが、多分「心の底からそういう人」ってのは、案外多くないと思うんですよね。内心苦しい人とか、あるいは苦しいのに自覚していない人も実は多いんじゃないかな、と思うのです。

だからセールスにおいて「我を捨てる」ことが幸福に至る道とは思わないので、その必要は感じないんだけど、といって我だけに終わるのも世を渡るには十分ではなくて、やっぱり、我と彼の二柱が揃うことが大切なのかなと思うのです。

 

人と対面した時、目を覗き込むと、そこには自分の姿が写り込んでいることに気が付きます。

それはただの鏡像とも言えるけれど、僕はそれもまた、パラレルワールドの自分のように、きちんと価値のある実在だと思っています。

目の前の人の中にいる自分をもっと尊重して、時にはそれを行動の基準にすることもあって良いと思います。あるいは、パラレルワールドの自分を認めたうえで、それをあえて無視する生き方もまたアリだと思います。

 

今、セールスやプロモーションを取り上げて話しましたが、これって人生設計や人間関係全般においても同じなのかな、と。

 

「我で終わる」でも「我を捨てる」でもなくて、「目の前の人をきちんと見る」「目の前の人の瞳の中にいる自分を見る」というのがまずあって、そのうえで我の要望を吟味して、そしてその二柱の矛盾を踏まえて乗り越えて判断する、というのが、よろしいのではないでしょうか。

ここらへんは哲学とかスタンスの話なので正解は無いというか、まあ、人生すべてにおいて正解なんてものはありませんが、そんなことを思いました。

 

今日はこれから新宿でコンサルティングです。行ってまいります。

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FROM : 伊藤勘司

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ABOUTこの記事をかいた人

伊藤 勘司

練馬区は武蔵関で、セールスコピーライターやプロモーターをしてご飯を食べています。
ゼロからセールスライターを超える長期企画「GIANT STEPS」運営中。

もともとは千葉の鉄鋼会社で生産管理エンジニアをしていましたが、副業で始めたビジネスで独立しました。

好きなものは、静かで落ち着いたところ全般。ソファーのある喫茶店とか鎌倉の報国寺とか、たまりませんね。最近は座禅とか瞑想とかにも興味あり。

苦手なものは、高いビルがある風景とか人混みとか。あと運動全般。「フットサルやろうぜ!」って声を掛けられると、いつも申し訳なさそうな顔をしてやり過ごします。