▷洗脳されて死ぬまで「他人の人生」を生きる人の特徴

なぜか日本には

「お金を稼ぐため・成功するために頑張るのはみっともない」
「余裕を生み出すために必死に努力するなんてはしたない」

という謎の偏見が満ちていて、こうした主張を恥ずかしげもなく披瀝する人がそこら中にいます。

 

実際のところ、より良い自己や人生、成長を不断に追求する姿はとても美しいはずです。

「努力」は歴史の中で芸術のモチーフとして数限りなく取り上げられてきた人間美徳のひとつです。

ところが中には、向上心のある人を目にすると口を手で覆って「みっともない」と指差し蔑み、

あまつさえ「欲を持たない自分の方が優れた存在である」と勘違いする人がいたりするのです。

 

そもそも「向上を目指すなんてみっともない」という価値観は、江戸時代かそこらの治世において一揆を防ぐために支配者階級が敷設したパトスコントロール(欲求操作)の名残です。

支配階級は常に、大衆の欲望に罪悪感を植え付けることでコントロールしやすくします。

「欲を持つことは、はしたないことだ」という価値観が定着すれば、大衆がより良い生活環境や年貢の引き下げを求めて一揆を起こす可能性は低くなります。

そのうえ勝手に互いを監視して欲を持つものを糾弾してくれるわけですから、こうした洗脳的価値観の流布は今も昔も大衆を管理する支配階級にとって非常にメリットがあるのです。

「向上を目指すなんてみっともない」という人は、実は支配階級にとって「とても都合が良い」存在なのです。

 

洗脳的な価値観に支配される大衆的な人の特徴として、論理的思考が弱いことが挙げられます。

「なぜ自分はそう思うのか」「そう思う根拠は何か」と自分の内面を掘り下げる習慣が無いため、他者やメディアによる価値観の刷り込み、本来の自分自身ではない考えに支配されていることに気が付けないのです。

「なぜ自分は向上欲求を持つ人を蔑むのか?」と内省する「ただ一瞬の知性のひらめき」さえあれば刷り込まれた偏見に気がつけるはずなのに、

大衆的な人はその一瞬のひらめきすら持てないがゆえに、長い人生を洗脳されたまま過ごすのです。

 

得てしてこういう人は同化や帰属の願望が強く、他者と同じことそれ自体を誇りと感じる傾向すらありますから、「気付かない」よりも「気付こうとしない」「すすんで洗脳されている」という表現の方が適切でしょうか。

それもまたひとつの生き方でしょうが、今日の記事を読んで大衆的な思考パターンや価値観に共感できないようであれば、わざわざ彼らに同調する理由は無いでしょう。

「本当はもっと自分や暮らしを向上させたい」と内心で願いつつ、刷り込まれた罪悪感に縛られ自分をごまかしながら生きていく人生は、ある意味 虚しく哀しいものです。

 

「もっと暮らしを良くしたい」「自分を向上させたい」という願いは生物としての自然かつ美しい本能であり、本来 罪でも恥でもありません。

自分の欲求に向き合い、尊厳をもって認め、堂々と主張しましょう。

「もっと暮らしを良くしたい!」と、胸を張って努力しましょう。

それが「自分を大切にする」「自分の人生を生きる」ということです。